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東京地方裁判所 昭和62年(刑わ)471号 判決

《本籍・住所》〈省略〉

テレビタレント Tこと K

右の者に対する傷害被告事件について、当裁判所は、検察官佐藤勝及び同林勘市出席の上、審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和四六年明治大学工学部を中途退学した後、空港荷役作業員、デパート店員等のアルバイトを経て、昭和四九年ころからコメディアン、漫才師等として芸能活動をし、昭和五三年ころテレビ等に出演して一躍人気タレントとなり、昭和五八年ころから被告人を頼って集まる若者を「T軍団」及び「T軍団セピア」と称する各グループに分けて芸能活動をさせ、種々の面倒をみていたものであるが、株式会社講談社発行の写真週刊誌フライデー三六号(昭和六一年九月五日号)に、「Tの別宅に通う『美女』あり」「一九歳の年齢差越え五年間続いたフシギ交際」との標題で、被告人と交際中のA子(昭和四〇年九月一七日生)が被告人の住むマンション付近を歩く姿を隠し撮りした写真と記事が掲載され、次いで、フライデー四五号(同年一一月七日号)に、「亭主元気で留守がいいジャンジャン」「『T離婚ナシ』証明する『面接試験』」との標題で、被告人の妻と長女(当時四歳)が幼稚園入園の面接試験を受けた際の姿を隠し撮りした写真と記事が掲載されたことなどから、自己の私事にわたる事項が暴露されたことを不快に感ずるとともに、妻子や交際中の女性までも隠し撮りしてこれを掲載するフライデーの取材方法、編集方針等に憤りを覚えていたところ、同年一二月八日夕刻、A子から、同日午後同女が通学中の専門学校前路上でフライデー記者の強引な取材を受けて腰を打った出来事を知らされ、更にその後、同女から、同日夜同女方まで押しかけてきた右記者に大声で売春婦呼ばわりされた旨を知らされるに及び、フライデー編集部に対し、その取材方法等につき苦情を言わずにいられない気持となり、翌九日午前二時二〇分ころ、東京都千代田区《番地省略》自宅からフライデー編集部に架電し、電話口に出た担当編集部員のMに対し右記者と連絡の上折り返し電話するよう求めたが、何らの連絡もないため、午前二時三〇分ころ、再び自宅からフライデー編集部のMに架電し、A子に対する取材方法を非難し、右記者を連れて来るよう強く求めるなど、やりとりをするうち

(罪となるべき事実)

同日午前二時三五分ころ、Mの応対ぶりに業を煮やし、飲酒の勢いも手伝い、フライデー編集部に憤懣を一気に爆発させ、同編集部に押しかけて同人らに暴行を加えることを決意した上、Mに対し、「警察呼んでおくなよ。今から行くからな。逃げんなよ、てめえ。」などと申し向けて電話を切り、待機中の「T軍団」及び「T軍団セピア」の団員一一名を前記《番地省略》自宅前路上に呼び寄せ、同日午前二時四五分ころ、同所において、右団員一一名に対し、「これからフライデーに抗議に行く。」と告げ、ここにおいて被告人及び右団員一一名との間に、被告人がフライデー編集部員と喧嘩闘争状態になった場合には右団員も被告人に加勢して編集部員らに暴行を加える旨の意思を相通じた上、直ちにタクシー三台に分乗して同都文京区音羽二丁目一二番二一号所在の株式会社講談社に赴き、同日午前三時過ぎころ、同社本館五階のフライデー編集部室及びその付近廊下において

一  フライデー編集次長N(昭和一七年九月二五日生)に対し、洋傘及び手拳でその頭部、胸部等を殴打し、その脚部を足蹴にし、更に手で頸部を締めつけるなどの暴行を加え、よって同人に全治約二週間を要する右側胸部・右大腿部打撲、頸部擦過傷の傷害を

二  同編集部デスクO(昭和二四年九月一一日生)に対し、手拳でその顔面を殴打するなどの暴行を加え、よって同人に全治約一週間を要する顔面打撲の傷害を

三  同編集部デスクP(昭和二九年一一月二五日生)に対し、胸部を突き飛ばして転倒させた上、その胸部等を足蹴にするなどの暴行を加え、よって同人に加療約一か月間を要する右第六肋軟骨骨折等の傷害を

四  同編集部員M(昭和三四年一〇月一五日生)に対し、手拳でその顔面を殴打するなどの暴行を加え、よって同人に全治約二週間を要する顔面打撲、前額部挫創等の傷害を

五  同編集部契約記者Q(昭和三三年一〇月一八日生)に対し、手拳でその顔面を殴打し、消火器を頭上を振りかざすなどの暴行を加え、よって同人に全治約二週間を要する顔面・右上腕打撲等の傷害を

それぞれ負わせたものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示一ないし五の各所為はいずれも刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、右各罪の所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、有名タレントである被告人が、自己の妻子及び交際中の女性に対する株式会社講談社発行の写真週刊誌フライデーの取材方法、編集方針等に憤慨し、深夜、配下の一一名を引き連れて、同社フライデー編集部にいわゆる殴り込みをかけ、同部編集次長ら五名に各傷害を負わせたという事案である。

そこで、まず、本件の動機についてみるに、被告人が、判示認定のとおり、フライデー三六号、四五号に各掲載された隠し撮り写真と記事に関して、自己の私事にわたる事項が暴露されたことを不快に思い、フライデーの編集方針等に憤慨していたことについては、後記のとおり、フライデー編集部、講談社側も相応の責められるべき点を認めざるを得ないのであって、被告人の心情はこれを十分に理解することができるものである。すなわち、当時、フライデー四三号(昭和六一年一〇月二四日号)に掲載された有名作家の結婚相手と噂された女性に対する隠し撮り写真に関し、東京法務局長から株式会社講談社代表取締役宛に「平穏に生活している一市民であっていわゆる公的存在ではなく、また、その写真掲載が公共の利益に資するものでもない場合に、正当な理由もないのに承諾を受けることなくその写真を掲載したことは、みだりに・容貌姿態を公開されない自由を侵害するものであり、人権擁護の観点から到底看過できない」として、「再びかかることの生じないよう特段の配慮をするよう」勧告(同月二一日付)がなされていたところであり、これに徴すると、A子は右勧告における女性とほぼ同視しうる立場にある一学生であり、また、被告人の長女は成育上格別の配慮を要する当時四歳の幼児であって、いずれもその写真掲載が公共の利益に資するものとは考えられないものであるから、各写真掲載は個人のみだりに容貌・姿態を公開されない自由を侵害するものと言わなければならず、殊に、右勧告後のフライデー四五号に掲載された写真は、幼児の健全な発育、教育にとって大切な意味を有する幼稚園入園の面接試験を受けた際の被告人の妻に手を引かれたいたいけな長女の姿を隠し撮りしたものであって、これが右勧告の趣旨を蹂躙し、個人の私生活上の自由を侵害するものであることは明らかであり、これを敢えて掲載、刊行したフライデー編集部、講談社側の責任は、もとより強く非難されるべきものである。

なお、同年一二月八日のA子受傷事件については、現に公判継続中であるので、その事実関係の存否を判断することはこれを差し控えることとするが、同日同女から右出来事のあらましを聞いた被告人において、これまでのフライデー側の取材ぶりと思い併せて一層憤慨し、フライデー編集部に対し苦情を言わずにいられない気持ちとなり、同編集部に架電するに至ったことについては、当時の状況に照らして、無理からぬものがあったとみるべきである。

しかしながら、かかる場合には、冷静に事実関係を確かめ、相手方の言い分も聞いた上で対処すべきであったにもかかわらず、被告人は、電話口に出た担当編集部員Mと二回にわたりやりとりするうち、その慇懃な応対ぶりに業を煮やし、飲酒の勢いも手伝い、憤懣の念を一気に爆発させ、フライデー編集部に押しかけて同人らに暴行を加える犯意を抱くに至ったことは、事の発端として極めて遺憾であって、これがフライデー側の取材方法等に抗議するためやむを得ない所為とみることのできないことは明らかであり、まして後記犯行の態度及び結果をも考慮すると、弁護人主張の本件が自力救済的な行為であるとみる余地はないものと言わなければならない。

また、被告人が犯行を決意した後、直ちに配下の一一名を自宅前路上に集め、フライデー編集部に抗議に行く旨を告げた際における被告人の意図・興奮状態、右一一名の認識状況等に鑑みると、右時点において、被告人と右一一名との間に、同編集部に赴いて被告人が同部員らと喧嘩闘争状態になった際には右一一名も被告人に加勢して同部員らに暴行を加えることにつき共謀関係が成立したものとみられることは、判示認定のとおりであるが、このように被告人が自己の支配的な立場を利用して少年一名を含む配下一一名を自らの犯行に加担させて巻き添えにした責任は、これを厳しく問う必要がある。

更に、本件犯行の態度及び結果についてみるに、本件は深夜雑誌社の心臓部ともいうべき編集部に一二名の多人数でいわゆる殴り込みをかけた犯行であり、犯行現場では被告人自ら率先して暴行を開始し、その場に居合わせた編集部員らに対し右一二名が一方的、かつ、無差別的に殴る蹴るの激しい暴行を加え、消火器や傘を凶器として使用することなどした極めて悪質にして無道な集団暴行事犯であって、その結果、編集部員ら五名に対し、判示認定のとおり、全治約一週間から加療約一か月間を要する軽微ならざる各傷害を与えたほか、当時執務中のフライデー編集業務を中断、阻害せしめた点においても軽視することのできないものがある。

したがって、被告人がフライデー側との間でその取材方法等につき冷静に話し合う機会をもつことなく、また、合法的な措置をとることなく、感情の赴くままに、飲酒の勢いも手伝い、取材方法等に対する憤懣の念を爆発させた挙句、深夜集団でフライデー編集部に殴り込みをかけて傷害事件を惹起するという傍若無人な所業に及んだことは、法治国家における社会秩序維持の観点から許し難い無分別な暴挙であり、特に有名タレントとして青少年層に人気のある被告人がこれを敢行しただけに、社会の各方面に与えた衝撃は大きく、マスコミによる人権侵害に対し暴力による反撃を容認しかねない危険性もあり、一般予防の見地からも本件犯行を軽視することができないこと、などを考慮すると、被告人の刑事責任には重大なるものがあると言わなければならない。

しかし、他面において、被告人が前記経緯によりフライデーの取材方法、編集方針等に憤慨し、苦情を言わずにいられなくなった心情には酌むべき点が十分あるほか、被告人には前科・前歴がなく、被告人は本件につき十分反省しており、本件後謹慎生活を余儀なくされて芸能活動ができない状態が続き、それなりの社会的制裁を受けていること、既に被害者らとの間で示談が成立し、その被害感情も和らいでいること、などの被告人に有利に参酌すべき事情もあるので、これらを併せ考慮した上、主文掲記の刑に処するのが相当であると思料する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中山善房 裁判官 仲家暢彦 裁判官 森光雄)

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